doどうも、住職です。
すっかり朝には霜が降りてきて、
冬がどんどん近づいて参りました。
(写真は撮影を忘れてしまいました。。。)
慌ただしく追われる毎日ですが。。。
doどうも、住職です。
すっかり朝には霜が降りてきて、
冬がどんどん近づいて参りました。
(写真は撮影を忘れてしまいました。。。)
慌ただしく追われる毎日ですが。。。
どうも、住職です。
美と幸福を司る吉祥天は、
古来よりお正月の年神様として各寺院で祀られ、
本山の薬師寺でも国宝の秘仏「吉祥天女」を
ご本尊として旧年中の罪過を懺悔し、
天下泰平・風雨順時・五穀豊穣・万民豊楽
を祈る修正会吉祥悔過法要を行います。
どうも、住職です。
おかげさまでもう今年もあとわずかとなりました。
1年を振り返ると色んなことがありましたが、
やはりたくさんの方にお世話になりましたね。
ただただ感謝、ひたすら感謝です。
お正月を迎える奉賛会だよりに載せる文章を
こちらにも掲載させていただきます。
「元を忘れず、末を乱さず」
関西育ちの私は潮来に地縁がなく、親戚も知り合いもいなかったため、とりあえず毎日違う飲食店に行くようにしました。知らないお店に一軒ずつ顔を出し、常連さんたちに「潮音寺です」と挨拶を続けて三ヶ月が過ぎたころ、気が付けば向こうから声をかけてもらえるようになっていました。そこで知り合った方の勧めで青年団体や法人会などに入会し、見る見るうちに茨城県内の知人が増えていきました。
かなり最近まで私はこのことを「自分の努力によるもの」だというつもりでいましたが、実はそうではなかったのだと思うようになりました。例えば街中で慈母観音と言えば「自分は慈母幼稚園出身だ」とか「橋本登美三郎さんにお世話になったからお参りに行く」などという声をよく耳にします。願主が三十三回忌を迎えた今でも、です。
また驚いたのは、所属している青年団体で大変お世話になった土浦の方が「入会当初に潮来の先輩の誘いで潮音寺に研修に来た」ことがあり、その記憶から親しく感じてくださっていたのだそうです。まさに先輩が、創建願主が、慈母観音様が積み重ねてくださった上に生かされているのだということを痛感しました。そしてだからこそいい加減な生き様で先達の顔に泥を塗るようなことはできないと知りました。
父母恩重経にも「常に報恩の心を抱き、片時も忘るることなかれ」と説かれている通り、「母と子を護らせ給え」という思いを託されたこのお寺に最も必要なのは親子の絆、恩を学ぶ場だと信じています。そこで広く諸団体に門を開き、花あかりや万燈会といったお寺としての行事だけでなく様々な企画が催されました。ゴールデンウィークにはお寺が遊園地に変わり、大勢の親子の笑顔が見られました。他にも夏祭りにハロウィーン、来年はなんと成人の日に振袖のファッションショーまで開催される予定です。生きた思いが受け継がれていてとても嬉しく、有難く思います。
有難いと言えば本年は開山会に両親が遠方より駆けつけて参列してくれました。恵まれた時代に養ってもらった恩も忘れて迷惑ばかりをかけてきた父母に見守られながらの法要は、震災で亡くなられたご家族や現在のウクライナなどではどんなに願っても叶わないものであり、身に余る幸せを頂戴したと思っています。
そのような恩に報いるということは、いただいた命の連続の末席にいることを自覚し、恥じることのないように生きていくということに他なりません。この潮音寺により多くの縁が結ばれ、心の安らぎを得る人を増やすことが私にとって最高の恩返しです。また、皆さまが気付きや学びを得て前向きに生きていくことも皆さまにとっての親孝行になるのではないでしょうか。
村上定運拝
どうも、住職です。
どうも、住職です。
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今日もたくさんのご納経をいただき、
お読み上げをさせていただきました。
そこでふいに思い出してしまいました。
「どうやら住職はご結縁者様からの感想文を
もらってそのままにしてる。。。!」
というわけで、
約1年遅れとなってしまいましたが、
以下に感想文をご紹介させていただきます。
ご夫婦揃って100巻の満願を迎えられた方です。
岐阜県各務原市 深尾武男
水雲山潮音寺 通称慈母観音様 村上定運住職のもとで
この度お写経を百巻納経させて頂きました。
この背景には八年前、体調を崩して
肺炎発生の為岐阜県病院に五十日間入院し、
全快を機会にお写経に励んでおります。
お陰様で軽傷に済みましたことのご恩返しとして
末永くお努めする所存で御座居ます。
余談ですが、
一九四三年那加第二国民学校六年生十名で
村上住職の祖父に当たる村上沖胤師のお世話になり
川崎山薬師寺にて合宿させていただきました。
ろうそく灯で身心鍛錬の為般若心経をとなえ、
法話の後午后九時には就寝。翌朝五時に起床し、
寒風摩擦と竹槍で突きの訓練の後朝食で終了です。
米粒の少いおかゆでしたが非常においしい一時でした。
小生の時代は軍国少年としてお国の為と云う
精神を養成化され、一九四四年には学徒動員で
中学一年から軍需工場にて働きました。
食糧難で耐え忍んだ体験は一生の宝物ですと同時に、
現在の平和な国の尊さを痛感しております。
信仰心篤く、熱心にお写経に励んでいた
母の後を引き継いで、本山のお写経ともども
命の限り結縁させていただきます。
深尾弘子
本年(令和三年)四・五・六月と三回、
「仏教とお経から学ぶ新しい生きかた」
と題した講座を受けました。
(中日文化センターの講座です。春と秋に現在も継続中。)
若くして水雲山潮音寺住職になられましたことを
大変喜ばしく思っています。
この講座にて写仏の存在を知り、
夫の父母恩重経と共に納経を始めました。
一日の終りのほっとして寝る前に心を静ませ、
無心になって書いていきます。
お願いごとには多々有りますが、
まずは何よりコロナ禍の終息。
そして核兵器のない平和を記します。
書き終わると用紙に浮かぶ仏様の立振る舞い、
飾らないお姿に大変癒されています。
ありがたいご縁に感謝しながら、
今後も広くお写経のご結縁を
募らせていただきます。
皆様もぜひご結縁ください。
合掌
村上定運拝
皆さま、こんばんは
いかがお過ごしでしょうか?
今日は世紀の天体ショー
『皆既月食と天王星食』
が同時に見られましたね。
国立天文台によると、
皆既月食と惑星食が
重なること自体が珍しく
日本では442年前の
1580年7月の
土星食以来だそうです。
1580年は天正8年で、
安土桃山時代真っ只中です。
次に皆既月食と惑星食が重なる
のは2344年7月で次も土星食だそうです。
皆既月食と天王星食が重なるのは
記録が辿れる過去4000年では
一度もなかったと。
4000年前....
日本では縄文時代の中期~後期にあたり
三内丸山遺跡など巨大集落が現れ始めた時代です。
世界ではインダス文明が形成された頃。
いやぁ、悠久の時の流れを感じますね。
そんな天体ショーをお寺の境内から撮りましたので
ご覧ください。
ん?
見えませんか?
更に拡大したので、画質は劣りますがご覧ください!
なんかチョンとついてるのが天王星です。
明日の新聞にはもっときれいな物が載るでしょう
ですが私のカメラではこれが限界です...
最後に皆既月食、
最大食の写真を載せて終わりとさせて頂きます。
だいぶ暗いですね。
次に日本で皆既月食が見られるのは
3年後の2025年9月8日です。
こんにちは。
去る10月11日に潮音寺 秋季大祭
『千体地蔵会』並びに『川施餓鬼法要』
が執り行われました。
前日まで雨が降り
天気予報では曇りと出てはいるものの
いつまで経ってもドンヨリとした空の下、
やきもきしておりましたが、
当日を迎えると、前日の天気とは打って変わり、
晴天!とはいきませんでしたが、それなりに
晴れてくれて、開催する事が出来ました。
『千体地蔵会』終了後、潮来市内の
「いたこ丸ドライブイン遊覧船」へ移動し
こんにちは
少しずつ涼しくなったり、急に暑くなったり
とコロコロ変わる天気ですが如何お過ごしでしょうか?
さて、来る11月6日(日)に
群馬県高崎市におきまして、高崎薬師寺会主催の
「奈良薬師寺執事長講演会及びお写経の会」
が開かれます。
大谷徹奘執事長の他に当寺の村上定運住職の
講演もあり、入場無料ですので、
群馬県やお近くの方は是非、ご参加ください。
詳細は以下通りです。
日時 令和4年11月6日(日)
お写経 午前10時~午後1時(お写経は3千円です)
講演会 午後1時~4時
場所 高崎トラック会館
〒370-0006 群馬県高崎市問屋町4丁目5−4
(JR高崎問屋町駅徒歩2分)
講師 奈良薬師寺執事長 大谷徹奘執師
演題「救いの言葉 観自在」
講師 茨城県潮来 潮音寺住職 村上定運師
演題「おかげさまと生きる」
入 場 無 料(講演会)
お問合せ:高崎薬師寺会 027-346-2382(善如寺医院)
どうも、住職です。
お陰様で順調に秋の気配を感じながら
日々お祈りを続けさせてもらってます。
ここで皆さんにご案内がございます。
今回の秋の地蔵会・川施餓鬼ですが、
連休明けすぐの平日という影響からか
お申込みが大変少ないです。
川施餓鬼(地蔵流し)は他の地域でも
滅多にない行事になってきております。
以下のリンクより詳細をご覧の上、
お問い合わせは潮音寺(0299-66-0623)まで。
一人でも多くのご参列をお待ちしております。
合 掌
村上定運拝